大人のディズニーランドを作ろう…「神戸サウナ&スパ」が“意識の高いサウナ”へ転身した理由「引用 Yahoo!ニュース」

jingwen 2020/11/15 告発 コメント

大人のディズニーランドを作ろう…

「神戸サウナ&スパ」が“意識の高いサウナ”へ転身した理由を紹介します。

このサウナには品がある。  

三宮駅を出て、飲み屋の誘惑を振り切りながら生田新道を歩く。口当たりの良い貝の出汁が五臓六腑にしみわたる最高のサ飯、ボンゴレそばでおなじみのボンゴレ亭の前を通り過ぎ、一直線に目的地へと向かう。6分もすると黒字に白いロゴのシックな外観、周りにおかれたフィンランド直輸入のサウナの守り神、トントゥがいつものように出迎えてくれる。

そう、今回の舞台は唯一無二の孤高のサウナ、神戸サウナ&スパ。  ひとたび門をくぐると、老舗ホテルを思わせるウッディで格調高い受付が待ち構えている。従業員の動きも統制され、施設の格を感じさせる。ああ、神戸サウナに来たな、と胸が高鳴る瞬間である。  キーをもらい、名物のカレーやTシャツなどの物販ディスプレイを尻目にロッカー室へ。  洋服を脱ぎ、はやる気持ちを抑えながら、一歩一歩階段を昇っていく…。  すると、眼前に広がるサウナ室。入る前にひと呼吸。これから夢のような時間が過ごせることを神様に感謝して…。いざ。

「浴室入り口の足水」はまるで神社の手水

 入り口からはすべてが見渡せる最高の動線。足元には小さな吹き出し口があり、ちょろちょろお湯が噴出していて、入退場時に常に足元を清潔に保ってくれる。なんて細やかな気遣いだろう。  浴室に入るとすぐに感じる、凛とした空気感と圧倒的な清潔感。こんなサウナはどこにもない。  式のミストサウナ・ハマーム、オートシャワー付きの塩サウナ、アウフグースが頻繁に行われる高温サウナ、セルフロウリュができる静かなフィンランドサウナ。バリエーションが多いだけでなく、それぞれのサウナ室は機能的にも研ぎ澄まされている。

大阪万博の象。漂着したクジラ。何でもありの宣伝戦略

 サウナ界の名家・米田家の血筋を継ぐ“サウナ界の革命児”こと名古屋・ウェルビーの米田行孝がゴッドファーザーなら、その従兄弟であり格式と伝統を守り続ける神戸サウナ&スパ社長の米田篤史は、“サウナ界のプリンス”と呼ぶのがふさわしい。サウナ界のプリンスの人生もまた、波瀾万蒸だった…。 「実は神戸サウナ創業時にはこんな話があるんです。小さい頃から創業者であるおじいちゃんと同じ敷地内に住んでいたのですが、彼は24時間、365日仕事をしているようなタイプでとても豪快な人でした。  1970年の大阪万博の時に、タイから神戸港に象さんが到着し、2頭の赤ちゃんが産まれました。そのうち2頭が売りに出されて1頭を祖父が買い取ってうちにやってきた。祖父は動物好きでしたが、同時にお店の宣伝のための話題作りということを思いついたみたいで。それで新神戸の自宅から今の神戸サウナまで、象さんとともに、トコトコトコトコ歩いて。そうするとやっぱりマスコミが注目してわんさか来るわけですよ。

当時はまだ創業間もない頃ですので、宣伝広告費なんてほぼないですから。そういう話題を作ってお店を知ってもらおうとしていたんだと思います。ちなみにその象は家の庭で飼っていました。  あと祖父がたまたまテレビを観ていた時に、和歌山の浜にクジラが数十頭が打ちあがったとうニュースを観たそうなんです。それで会社にすぐ電話して、「その1頭を買うなりもらうなりして連れてこい!」ということで、大きなトラックの荷台に氷を山積みにして、クジラを持ってきてお店の前に置いたら、それまたマスコミが沢山来て。

それで人だかりができて。数日後にさばいて、みんなにふるまい“ふるまいクジラ”をしたら、今度は保健所が怒ってきて。それがまたニュースになって(笑)。

『クジラで2回も話題が提供できた』といって、おじいちゃんは喜んでいたみたいですけれども。時代が時代ですから(笑)」  今でいったら“炎上マーケティング”が妥当な表現だろう。  戦後復興期に一代でサウナ事業を軌道に乗せ大成功した、実業家の祖父のレジェンドはいつ聞いても鳥肌が立つ。神戸サウナ社長の米田篤史と話していると、そんな豪傑である祖父とはある対極な繊細な印象を受ける。

阪神淡路大震災で全壊認定「建物を潰そうと」

「大学を卒業して、修行の意味もあり、東京の小さな会社に就職をしていたんです。数年働いた頃、阪神淡路大震災が起きて実家が大変なことになりまして。急遽会社を辞めさせていただいて、戻ってきたんです。  帰ってみたらで建物が斜めを向いてしまって、もう営業はできないという状況でした。本当にこの辺一帯、が暴れた後みたいな状況でしたから。ビルが倒れまくってますし、もうぐちゃぐちゃ。電気もついてない真っ暗な状態で、『本当に神戸は復興するのかなって』たぶん誰もが思ったことだと思うんですね。  その中で当時50歳くらいだった父と、とにかく周りの迷惑になってはいけない、だから建物を潰そうと。全壊認定でしたから。その時もう一度温浴施設を作るべきなのか、すごく話し合いました。当然多大な借り入れも必要になるし、この神戸の状況でお客様は来てくれるのか、って不安で色んなことを考えたんです。  でもね、その時に我々の背中を押してくれたのは、街の声だったのです。『神戸サウナいつになったら再開してくれるんや』という声をね、ものすごい沢山の方からいただいたんですね。我々としてもそんなに人様のお役に立っている施設だって考えたこともなかったんですよ。でも神戸サウナは地域の皆様にそれほど必要とされていた施設なんや、ということをすごく認識させていただいて。これは1日も早く作らないかんなという風に変わったんですよ。とにかくいいものを早く作ろうと、もうみんなでねじ巻いて再建にとりかかって。結果地震から2年と3か月後に再オープンを迎えられました。非常に早い再建でした」  逆境は人を、サウナを強くする。サウナ王、太田広も阪神淡路大震災を経験した後に入ったサウナでサウナのありがたみを感じ涙したと語っていた。

神乃湯温泉が誕生。「震災で温泉掘削が可能になった」

 震災を経験し新たな施設として生まれ変わることを決意した神戸サウナ。  米田は父と共に今までできなかった様々な改革に着手する。 「まず温泉の掘削に着手しました。温泉を掘りたいという計画はずっとあって。でも営業しながら温泉を掘るというのはほぼ不可能にちかい。繁華街ですから、温泉を掘るといっても周りに対する色んな問題もありましたので。それが震災で温泉掘削が可能になったんです。うちだけでなく周辺も含めて倒壊してますから。それで掘削したら温泉が湧出しました」

「大人のディズニーランドをここに作ろう」

「昔の神戸サウナというのは、非常に人気店ではあったんですけれども、特に決まったコンセプトがなかったんです。昔は。終電後にいらっしゃったお客様が床で、廊下で、隙間があれば寝てる。夜中なんかもうここは戦場か?というぐらい、どこでも人が寝ているような状況だったんですね。  新築するにあたってまず頭をよぎったのが、『同じようなサウナ施設はもう作りたくない』ということでした。せっかく再建するのなら、2ランク、3ランク上のサウナを作りたいと思いまして。それで結構色んな視察に行ったんです。

本物ということでいうとじゃあまず原点はフィンランドだねとか、ドイツだねとか、というようなことで行きましたし。

あとはディズニーランドとか、そういうところも見に行って。お客様へのサービスという点においては、結構参考になるような部分がありましたね。だから、大人のディズニーランドをここに作ろう、みたいな感じで色んなことを考えましたね」  昔ながらの庶民のための街場のサウナが、本物志向の意識の高いサウナへと転身を図る。

 普通に考えれば、常連客やなじみ客の反発も容易に想像がつく。しかし、米田の志はゆるがなかった。 INFORMATION 神戸サウナ&スパ 住所 兵庫県神戸市中央区下山手通2丁目2-10 電話 078-322-1126/レディスフロア078-322-1726 料金 サウナ&スパ(最大 午前8:00~翌午前10:00)2,700円、リフレッシュ(8:00~翌5:00で最大1時間)1,700円ほか ※営業時間などの最新情報は公式HPをご確認ください。 http://www.kobe-sauna.co.jp/ 泥酔客には「お帰りください」 “サウナ界の名家”米田家が作った「神戸サウナ&スパ」の美学 へ続く

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