ミッキーの原点だった…悲劇のディズニーキャラ「オズワルド」の物語

cyl 2020/07/29 告発 コメント

◆ミッキーマウスよりも早く誕生していた「オズワルド」

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または「しあわせウサギのオズワルド」

彼がミッキーマウスの“原点”だった

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ウサギのオズワルドは、ミッキーマウス誕生以前の1927年にウォルトが発案したキャラクター。
類似キャラクターの1つかと勘ぐってしまうが、実はれっきとしたミッキーマウスの原点となる重要なキャラクターなのである。

大人気キャラクターだったオズワルド

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1927年から1928年にかけて、ウォルト・ディズニーはオズワルドの短編シリーズを26本製作。オズワルドは、たちまち全米で大人気のキャラクターになった。

◆突如訪れる悲劇…

オズワルドの所有権をめぐり、ディズニーと配給元が対立

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ある時、オズワルド作品の配給元であるユニバーサル・ピクチャーズと、ウォルト・ディズニー・カンパニーはオズワルドの所有権などで対立してしまう。


(ウォルトはオズワルドの生みの親であったものの、法律上、版権を持っていなかった。権利を所有していたのは、当時、ユニバーサル・ピクチャーズとディズニー・カンパニーの中間で下請けをしていたチャールズ・ミンツ社であった。)

引き抜かれてしまう大量のスタッフ

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さらにユニバーサル・ピクチャーズは、ウォルトのもとにいるスタッフ達を大量に引きぬいてしまう。実は、この一連の出来事を画策したのはチャールズ・ミンツであったのだが…。

ウォルトのもとに残ったのは、兄のロイ、生涯の友人でありアニメーターのアブ・アイワークスと、わずかなスタッフだけだった。

奪われたオズワルド…ディズニーも倒産の危機に

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結局、ウォルト・ディズニーがオズワルドの版権を手にすることはなく、そのままオズワルドはユニバーサルのもとに渡ってしまう。またこの出来事により、ディズニー・カンパニーは倒産の危機に陥る。(これがディズニーが著作権に厳しくなった理由であると言われている。)

◆そしてミッキーマウスの誕生へ

ミッキーマウスの誕生

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失意のウォルトだったが、アブ・アイワークスと共に新たなオリジナルキャラクターのアイデアを練り続けた。そんなとき、ウォルトの頭に以前飼っていたネズミの姿が浮かぶ。今や世界中で愛されているミッキーマウスの誕生である。

ミッキーマウスの誕生には、アブ・アイワークスの多大な功績もあった。

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傷心のウォルトは新しいキャラクターを作ろうと決意。そこで頭に浮かんだのが、昔飼っていたペットのネズミだった。


「最初は"モーティーマー"という名前を考えたが、妻のリリアンに"堅苦しい"と反対され、彼女の意見に従って"ミッキー"と名づけた」という。

ミッキーのデビュー作「蒸気船ウィリー」

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1928年11月18日、ミッキーマウスのスクリーンデビュー作『蒸気船ウィリー』が初公開。実は同じ年の5月15日にミッキー主演の第1作『プレーン・クレイジー』が完成していたのだが、トーキー(音の入った映画)の出現で買い手がつかず、ウォルトはすぐさまトーキーの製作にとりかかった。 こうして誕生したのが世界初のトーキー・アニメーション『蒸気船ウィリー』である。

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